山崎ナオコーラという作家については、『ひとのセックスを笑うな』という小説で有名かなと思うが、ぼくは『ブスの自信の持ち方』という本でこのひとの存在を知った。強烈なタイトルに惹かれて、読んでみると、ものすごい文章に出会った、という感じがして、いまでは好きな作家のひとりだ。
山崎ナオコーラ作品とのその後
その後、『偽姉妹』という小説を読んだり、Session-22というラジオに出演されているのを聞いたり、『反人生』という小説で友人と読書会をしたりして、楽しんでいたのだが、ここらで山崎ナオコーラの作品を集中的に読んでみるのもいいんじゃないだろうか、と思い、今月はたくさん読んでいる。
いまのところ、先出の『ひとのセックスは笑うな』と、『美しい距離』『この世は2人組では出来上がらない』という小説と、『男友だちを作ろう』というエッセイを読んだ。小説を読むと、山崎ナオコーラという人物は、繊細で気苦労が多く、バウンダリーがはっきりしたひとなのかなと想像していたが、エッセイを読んでみると、悩める感じや、会話の中で折れたり折れなかったり、インタビュー相手にグイッと踏み込んでみたり踏み込まなかったりという感じがおもしろくて、より好きになった。
既存の物語を反駁する
先日は、また友人と読書会をやって、課題本は『美しい距離』という小説を選んだ。末期がんと診断された妻がいる夫が主人公で、妻のまわりのひとびととの関わりや心理の描写が緻密だった。「余命◯日の××」みたいな、限られた時間を懸命に生きる感動ストーリーみたいな描き方を避けて、というか、物語として描くこと自体を避けようとしている(でもそれが究極的には不可能であることを自覚している)姿勢が印象的だった。
物語それ自体を拒否しようとして、試行錯誤した末に、その不可能性に気付いたり自己批判的になるのが『反人生』という小説の主人公だとすれば、『美しい距離』の主人公は『反人生』での議論を踏まえた上で、既存の物語を反駁し、安易な物語に回収されていくことを拒絶し、妻の物語や自分の物語を守ろうとする。そんな風に読めた。
小説かエッセイか
すべてがそうだというつもりがないが、山崎ナオコーラの小説は、エッセイや論説っぽいところがあるように思う。『偽姉妹』『美しい距離』『この世は二人組では出来上がらない』あたりは、特にそう思った。物語を拒絶する物語を書く、そのやり方自体へのメタ的な自己批判があるような気がする。文学好きなひとは抵抗感を覚えるかもしれないが、エッセイや論説みたいなのを読むほうが多いぼくからすると、むしろ読みやすくていい。
そのことについては、山崎ナオコーラも自覚しているようで、『美しい距離』のインタビューではこんな風に語っている。
山崎ナオコーラ氏: よく、「小説を書くということは、小説のうねりに身を任せることだ」というようなことが言われるのですが、それは他の人の仕事であって、私としては小説のうねりに身を任せるよりも、最初に文章ありきの小説が書きたいと思っていました。そしてそれとは逆に、「小説の文章を書く上では、エッセイのような身振りや主張は極力排した方がいい」というようなこともよく言われるのですが、細かいところに力を入れてこそ私の仕事だというのが段々自覚できてきて。
これまでも自分の作品が批判を呼ぶことはあったのですが、それは細かいところを頑張るという部分で吹っ切れていなかったせいだと思うようになりました。だからこれまでよりも一層、細かい描写に力を入れて、たとえエッセイっぽい文章だと言われても、「かっこいい文章になれば、それでいいじゃん」と思って書きました。無駄を排除していて、気取っていない、親切な文章が書ければと。
この姿勢がカッコ良い。今後も作品を読み続けたいと思う。
余談:「桃踏 2020年秋号」を読んだ
そういえば、先日、ゲイの読書サークルが母体となった「桃踏社」というサークルが出したアンソロジー「桃踏 2020年秋号」を読んだ。11月末に行われた文学フリマで販売されたものだ。
じっくり味わって読んでいたら、読み終わるのにわりと時間がかかった。どれもおもしろかった〜。「大人のゲイ」をテーマに、そのテーマをどう落とし込むか、あるいはもういっそ書きたいことをただ書いてやるか、みたいなところで、誌面上でパリコレしているようで楽しかった。 https://t.co/xNsMZMvjvR
— おさむ@にげにげ日記 (@nigenigeOsamu) 2020年11月27日
山崎ナオコーラがいうような「小説のうねり」を感じるような作品もあれば、山崎ナオコーラ的なというか、細部にこだわって書いて物語性をちょっと排してあるようなものもあって、非常におもしろかった。題材のチョイスや描き方などバラエティ豊かで、どれも凝っていて、誌面がパリコレだった。
『男友だちを作ろう』で山崎ナオコーラも言っていたが、ぼくもいろんなひとと一緒に本をつくるという作業をやってみたい。同人誌、アンソロジー、ZINEなど、形式はさまざまあるが、本をつくってみたい。そんなことを考えた。