おさむです。
暑い日が続きます。今年は美容に気をつけようと思っていて、人生で初めて日焼け止めを買ったり、ヒゲを整えるビアードオイルを使ってみたりしています。
資本制v.s.美容
この超資本主義社会で、生産に寄与する行為(健康を維持するための運動や食事、勉強、自己啓発、再生産労働など)以外の行為ってなかなか評価されません。就活のためにサークル(のリーダー)やボランティアやバイトをやる、みたいな。
大学の教育学部にいたとき、生徒の「余暇指導」なんてものが存在することに驚きました。余暇くらい自由に過ごしたらいいのに、なんでそこまで学校が指導なんてする必要があるのか、と。「有意義な時間の過ごし方」なんて、なんでお前に決められなきゃいけないんだ、と。
人間は資本に奉仕するために生きているわけじゃない。だけど現状、ぼくらの人生のほとんどが資本制によって蝕まれてしまっている。それに対抗する概念のひとつとして「美容」があるんじゃないか、と最近は考えています。
お前のオールを任せるな
人生のイニシアチブを、資本制から自分自身へと取り戻す。美容にはそんなパワーがある気がするのです。ファンデーションやチークを塗らなくても、日焼け止めを塗ったり保湿に気を使ってみたりアロマを焚いてみたり筋トレ*1をしたりするだけでもいい。それだけでもちょっと何か変わるんじゃないかなあ。
もちろんこんな小難しいことを考えずとも、自分のために時間を使ってリラックスしたりキレイになったりするのが楽しいっていうのは明白。ただ、これはぼくだけかもしれませんが(いや、「クィア・アイ」を見ていると、ぼくだけじゃない、かなりたくさんのひとがそうなんだと思う)自分のために何かをするって意外と難しい。なんか照れ臭いし、「そんなことをしている暇があったら◯◯しよう」と優先順位が下げられがち。
だから、あえて意識的に美容に気を遣ってみる。優先順位を上げてみる。そうすると、なんか「あ、いま自分を大切にできてるわ」みたいな、多幸感に満たされる感じがあります。
(ジョナサンの著書、早く読みたい〜)
ショップの店員と「通販コント」をしてしまう
で、そんな意識変革がありまして、こないだ某コスメショップに行ってきました。お目当ての商品はすでにネットで調べてあったので、それを買うために。
すると、ショップの店員が近づいてきます。「なにかお探しですかー?」と。で、「これこれを探してきました」「あー、そちら新商品になっておりまして。ネットとかで見られた感じですか?」みたいな応酬が続きます。
そのうち、「こちらの洗顔剤もいまおすすめでして、試しに使ってみませんか?」と言われて、水場に誘われる。洗顔剤を手にとって、もう片方の手に塗りつけて、水で洗い流す。「あ、なんかすごいすべすべに!」と、ぼく。「そう!そうなんですよ!◯◯が××で〜」と喋りだす店員。ものすごい意気投合したみたいな感じになってる。
で、急に冷静になります。「なんかこれ、通販コントやってるみたいじゃない?」と。結局、洗顔剤も買ってしまって、乳液も勧められたけどこちらはサンプルだけもらって帰りました。頑張った。
店員に声をかけられるとつい意気投合しちゃって、余計なものまで買ってしまいがち。
*1:筋トレに関しては、資本に寄与する身体をつくるっていう側面もあるから、ここでいう「美容」の範疇に入るか微妙なんだけど