前編はこちら
初めてのカミングアウト
高校2年生の夏、所属していた部活動の友人から呼び出されました。その友人はバイセクシュアルなんだと言いました。ドキッとしました。同時に、冗談じゃないかとも思いました。
でも、話を聞いていると、どうやら本当みたいだと思いました。それで、ぼくも恐る恐るカミングアウトしました。人生初のカミングアウトでした。最初、なぜか「ゲイ」と言うのが躊躇われて(ホモフォビアがあったから?)、「自分もバイセクシュアル」と言いました(あとで訂正しました)。
それからというもの、その友人とはたくさんの話をしました。何時間も学校で話し続けたり、夜中までメールのやりとりをしたりしました。どの先生が好きか、将来はどう過ごしたいか、◯◯はゲイだと思う、などなど。
ものすごく開放的で、楽しい時間を味わいました。
「ホモキャラ」のぼくと、ゲイのぼく
一方で、<前編>に書いたとおり、ぼくは友人らの間で「ホモキャラ」の座に就かされていました。
クラスの友人らの間では「ホモキャラ」のぼくという<キャラ>があって、部活動の友人との間ではその<キャラ>を外した、肩の力を抜いて開放的にコミュニケーションが取れるゲイのぼくがいました。
次第に、この状況に身が引き裂かれるような思いを抱くようになりました。
<キャラ>を脱いだり着たりして過ごす毎日が、どうしようもなく無為で、果てしなく悲しいことだと思いました。そして、その背景に”明確に”存在している差別の存在を認識しました。
差別を可視化する
当時のぼくは、差別が解消されずにいる状況を次のように分析していました。
まず、差別があることによって、当事者は隠れるしかなくなっている。当事者が隠れると、「どこに差別の被害者がいるのか」見えなくて、それで差別が放置され、のさばってしまう。差別がのさばると、さらに当事者は奥深くに隠れていく…。
この負のループによって、差別はますます深刻化し、当事者はカミングアウトできない状況にどんどん追いやられる(クローゼットに押し込まれる)。
であるならば、この負のループを断つためには、当事者=差別による被害者が名乗り出ることが重要なのではないかと思いました。*1どうにかして名乗り出られないか、と考えました。
表彰式でのプロジェクト
幸運なことに(?)、その機会は得られる見込みがありました。表彰式です。
部活動で好成績をとった生徒が、体育館で、全校生徒の前で表彰されるというあの行事です。そう、たまたまぼくも表彰されることになったのです。
バイセクシュアルの友人と計画を立てました。
表彰式では、生徒に発言するチャンスは与えられない。ただ黙って立って、黙って校長から表彰状を受け取って、拍手されて、黙って壇上から降りる。終わり。
だったら、喋るチャンスがないのだったら、ビジュアルでアピールするしかない。
Born this way
アイデアは、<前編>にも出てきたあのアメリカの学園ドラマ「glee」から拝借しました。
「glee」第2シーズンで、レディー・ガガの曲「Born this way」をみんなで歌うシーンがあります。みんなそれぞれ自分の「ひとと違うところ」をTシャツに書いて、歌って踊るのです(ゲイのキャラクター・カートは、「LIKES BOYS」と書いています)。
それぞれが抱えるコンプレックスTシャツが話題になった、<シーズン2>第18話より"Born This Way"♪♪ サンタナ姐さんの「レバノン人」も好きだけど、やっぱりカートの直球「LIKES BOYS」がお気に入り☆ #gleejp pic.twitter.com/9R10ffvw6K
— glee/グリー 日本公式 (@glee_Japan) 2013年10月31日
これだ! と思いました。これをやろう。白いTシャツを買ってきて、ゲイであることを書いて、それを着て表彰式に立つ(私服の高校でした)。
そして、実行しました。
Tシャツの上にパーカーを着て、何食わぬ顔でほかの表彰される生徒とともに体育館の壇上に立ち、ぼくの名前が呼ばれると同時に、パーカーを脱ぎました。
*1:当時の考えです。いまは、被害者の有無とは関係なく、差別があることそれ自体が問題なのだと考えています。