にげにげ日記

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(元)不登校ゲイの思索

不登校だったぼくが教員を志望して、諦めるまで

おさむです。

 

小学校と中学校を約6年間行っていない、いわゆる「不登校」ってやつで、その後、高校、大学と進学しました。大学は教員養成系のところで、そこを卒業し、教員免許を取得しました。

 

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大学進学する頃は、教員になろうと志を持っていたのですが、やがてその進路を諦めます。今回は、そこらへんの経緯について書きたいと思います。

 

 

教員を志望した理由

長く不登校だったぼくは、進路に関することについて、まわりの同年代のひとらと比べても圧倒的によく知りませんでした。サラリーマンになるイメージがいまいち持てません。

 

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ただ、高校へ進学し、まわりにいた先生たちの姿はよく見えましたから、「先生になって働く」イメージは比較的持てました。先生になって、不登校だった経験を活かして、学校へ行きたくない/行けない子どもたちの手助けができたらいいなあとぼんやり思っていました。

 

また、自分がゲイであることも大きかったと思います。教育現場はまだ情報がアップデートされていなかったり、前例主義的なところがあったりして、LGBTについて上手に取り扱えていません。LGBTは現にこの社会にいるのだし、生徒のなかにも必ずいるのだから、授業のなかで取り扱って、情報を共有しなければいけないはずなのに。

 

不登校であることと、性的マイノリティ(ゲイ)であること。この2点を活かして、子どもたちと関わり、教育現場を変えていけたらと思ったのです。それで教員を志望しました。

 

教員養成大学で現実を思い知る

大学へ進学してみると、理想と現実の乖離にぶち当たりました。まわりの学生と話してみると、教員を志望する理由は「恩師がすばらしかったから」「部活動の指導がしたいから」「子どもが好きだから」が圧倒的に多かったです。あと、よくよく聞いていると親が教員だというひとが少なくない。

 

いまの教育を変えたいとか、そんなことを考えているひとはほとんどいないように思えました。むしろ、自分が受けた<教育>をよいものとして捉え、それをただ再生産したいようでした。

 

被抑圧者の教育学 (A.A.LA教育・文化叢書 4)

 

被抑圧者の教育学 (A.A.LA教育・文化叢書 4)

被抑圧者の教育学 (A.A.LA教育・文化叢書 4)

 

 

(脱学校論はものすごく面白くて、問題意識をより深めることができました) 

 

大学でいろいろ学んでいるうちに、ぼくはどんどん「いまの教育、なんかおかしくない?」と問題意識を持つようになっていったので、まわりの学生らとのギャップがどんどん大きくなっていきました。そうして、その問題意識がある程度の大きさに膨れ、自分ひとりでは持ち続けられなくなって、教員になることを諦めました。

 

その問題意識(教員になることを諦めた理由)を3つピックアップして紹介します。

 

理由①教員の多忙さ(やりがい搾取)

今国会でも給特法の改正などがありましたが、教員の長時間労働が問題になっています(この改正は、むしろ長時間労働を助長するという指摘もあります)

 

OECD加盟国との比較では、日本の教員は、授業に費やす時間はフツウくらいで、事務作業や部活動指導に費やす時間が圧倒的に多く、それが原因で長時間労働になっているようです。

 

そのような過酷さについて、ぼくが教育実習でお世話になった学校のとある先生は、「でも、教員はやりがいのある仕事だよ」と言っていました。そう、まさにやりがい搾取。現に、卒業後に教員になった友人らの何人かが精神疾患を患って休職していたりします。

 

このような状況で教員になるなんて無理だ、と判断しました。

 

理由②学校的なものへの忌避感

「もっと早く気付けよ」と自分でも思いますが、不登校を長くやっていたせいか、学校的なものが受け付けられないことに気づきました。

 

形式的な反省文を書かせるだけの生徒指導とか、軍隊みたいな「前へならえ」「起立、気をつけ、礼」とか、ブラック校則とか、そういうのが無理です。

 

ブラック校則 理不尽な苦しみの現実

ブラック校則 理不尽な苦しみの現実

 

 

理由③「教育現場の外でも、できることはある」と知った

学校現場を変えたい、不登校や性的マイノリティであることを活かして子どもたちと関わりたい、という思いで教員を志望しましたが、これらは教育現場の外でもできることだと知りました。

 

<教育>を教育現場のなかだけで行われるものと捉えることは、<教育>を固定的で限定的なものにしてしまいます。実際には、「生涯学習」なんて概念があるように、社会のあらゆる場所で<教育>は行われ、ひとびとは<学習>しています。

 

だから、必ずしも教員になる必要はない。自分の活躍できそうなところを、可能な限りで選び、活かそうと思いました。

 

おわりに

いまは、LGBTの子どもを支援するNPOに所属しています。大したことはできていませんが、教育現場を変えたり、LGBTの子どもたちの置かれた状況を少しでもよくできたらいいなと思っています。

 

不登校については、いまは何もできていません。フリースクールとかに関わらせてもらったりしたいなと思いますが、まだ関わり方を確立できていません。

 

LGBT不登校の子もいるだろうなあと思うんですよね。性別の取扱いの問題や、LGBTへの偏見や差別によって学校へ行けない/行かないという状況にある子ども。

 

いずれはプログラミングや美術などを教えられたらいいかな~となんとなく思っています。いまはとりあえず、不登校の「その後」を生きる一当事者として、なんとか生き延びようとしています。

 

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